モーリシャス沖座礁事故に思うこと その1

こんにちは、よーぶんです。

よーぶん氏の職業についてあまりブログに触れる気はなかったのですが、
今回のこの座礁事故についてどうしても語っておきたいことがあるため、
さらっとですがあえて触れることにしました。

よーぶん氏は船舶系大学を卒業し、以降海運業に従事してきた技術者です。
会社も変えていますので傭船者にも船主会社にも勤務しました。
それゆえに今回の報道やSNSで発信されている情報に、
様々な誤解や曲解と思われることが多々あり、正直心を痛めています。
なかなか一般の方には理解出来ない部分も多かろうと思いますが、
誤解や曲解に基づく論評については個人的には堪え難き点もあって、
そこで今回の事故実態について詳細はわかりませんが、
こういったケースにおける一般的なお話をさせてもらおうと思います。

まず最初に申し上げておきたいのが、
今回の事故は取り返しのつかない事故であるということです。
自然環境に重大な影響を及ぼしたことは否定できない事実です。
残念ながらこれまでにも繰り返されてきた悲劇ではありますが、
再びこのような大惨事を引き起こさないように、
海運に関わるすべての者は襟を正さなければなりません。
従って海運の世界にいるよーぶん氏が業界のメンツのためだとか、
同じ業界関係者を擁護するために、
この記事を書いたわけではないということをまず御理解下さい。

今回の事故を理解するのに必要なのはまず傭船ビジネスの枠組みです。
もう会社名は充分に報道されているのでこの記事では実名をあえて書きません。
今回の座礁事故を引き起こした本船Wはパナマ船籍の貨物船です。
パナマに登記されているRegister OwnerはO社。
このO社は岡山県にあるN社のパナマ子会社という形態になっています。
そしてこのO社(実態はN社ですが)は、
日本の運航会社M社にこの本船Wを貸出(傭船)して、
借り上げたM社はこの本船W向けへの貨物を探し、
その貨物を積載させて仕向先への運航手配を行っていたわけです。
その運航自体はO社(実態はN社ですが)が雇用した乗組員の責任によって行われ、
運航上に必要な指示並びに支援をM社が行うという形で海上輸送が行われます。
この取り決め、すなわち契約を傭船契約、Charter party、
よーぶん氏ら関係者は略してCPと呼称します。

今回のケースにおいて、
このCPはパナマ船主O社と運航者M社の間で締結されています。
これに基づきM社からO社に対して傭船料が支払われます、
N社に対してでは決してありません。
そしてM社はこの傭船料に基づいて、
本船Wが運送した貨物の荷主に対して海上輸送運賃を請求することになります。
これが傭船ビジネスの一般的な実態です。

そしてここからは船主ビジネスの話になってきます。
現在の本船クラスの傭船料相場については本当のところはわかりませんが、
一般的にこれは$20,000/day前後だろうと思われます、1日当たりですよ。
従って1ヵ月を30日とするとざっと$600,000がM社からO社に支払われます。
しかし乗組員への給与、また船上生活における必要物資、
船舶の維持に必要な整備部品や整備工事費、
エンジンの潤滑油等に掛かる費用、そして船舶登記に関する費用等、
これらをよーぶん氏を始めとする関係者は船費と呼びますが、
これにざくっと傭船料の半分程度を支出しなければなりません、
これもあくまでも一般的にですが。
この残りの傭船料からO社は船舶建造において必要となった建造費を返済します。
これは当然ながら銀行からの借入金になるわけなのでその金利も含めてです。
今回の本船Wはケープサイズバルカーと呼ばれる船種です。
これも市場相場に大きく影響されるので、なかなか一概には言えませんが、
一般的にこのサイズの建造費はおおよそ50~60億円程度だと思います。
今回のケースにおいてどのようなCPが締結されていたかはわかりませんが、
M社等の邦船社運航のケープサイズバルカーにおいては、
12年程度を傭船期間としたCPが締結されることがよくみられるケースです。
それではざくっと計算してみましょう。
1ヵ月に$600,000の傭船料収入があったとして、その半分が船費としましょう。
残りの半分$300,000 x 12で年間$3,600,000となります。
これが12年間の契約とすると$3,600,000 x 12で$43,200,000となります。
為替を1ドル105円とすると12年間で約45億円強となります。
このクラスの建造に50~60億円掛かるとお話ししました。
わかりますよね、12年の傭船期間では返済出来ないんです!

なら傭船料上げてもらえばいいじゃないかという方もいらっしゃるでしょう。
上げればいいんです、でもそれだと皆さんが困りますよ。
傭船料が上がれば傭船者は荷主に対して運賃を上げざるを得ません。
そうすると今度は荷主が貨物の受取主にそれを転嫁します。
そして最終的に貨物から生産された製品等の価格にそれが転嫁されます。
簡単に言いましょう、物価が上がるんですよ。
傭船料が上がったら、その原資は回りまわって、
結局皆さんの財布から出ることになるというわけなんです。
それでよければ傭船料なんて我々は喜んですぐに上げます(笑)
金は天下のまわりものなんて言葉がありますが、まさにその通りなんです。
特に日本は島国です、しかも資源に乏しい悲しい島国です。
多くを輸入に依存するこの国では傭船料が上がれば、
何もかもの価格がそれこそ簡単に上がります。

じゃあ返済出来ないと銀行とモメるよねいうわけなんですが、
それは12年という傭船期間に縛られるからで、
もちろん船主は新たな傭船先を探してもいいわけです。
それが見つかれば引き続きある程度の傭船料を船主は手にすることが出来ます、
そんな簡単な話でもないんですが(笑)
たいてい返済期間は最初の傭船契約期間で決定されることが多いので。
もしくは傭船期間終了までにタイミングをみて中古船として売却するのです。
中古船市場のマーケット状況次第では、
うまくいけば中古船として売却した船価で繰り上げ返済出来るのです。
ただいずれもマーケット状況に大きく左右されます。

そこで前述した傭船料の約半分を支出する船費が重要になるのです。
しかし乗組員の給与は組合との取り決めで下げるわけにはいきません。
船上生活に関わる物資や船舶の維持に必要な整備に関する費用や潤滑油代も、
大きく減らすわけにもいきません、これらは安全運航に関わる原資だからです。
そうなると船舶登記等に関する費用が最も手を付けやすいのです。
だからN社はパナマに子会社O社を置き、本船Wをパナマ船籍にしているのです。
決してN社だけではありません、多くの日本船主がやってることです。

この仕組みを便宜置籍船、Flag of convinience、略してFOCと呼びます。
クルマをお持ちの方はわかると思いますが、毎年自動車税支払いますよね。
そしてクルマ購入した際には自動車取得税払います、
また自動車重量税も払います。
この自動車重量税は購入後は車検毎に支払う税金です。
こういった税金、バカにならないですよね。
船舶においても仕組みは違いますが、こういった税金を払うのは同じです。
残念ながら我が日本国はこういう税金がすこぶる高いわけです。
そこで主たる基盤となる産業が脆弱であるがゆえに、
そのような船主会社向けに有利な税制を設け、
悪く言えば登記簿という紙切れ1枚を発行するだけで、
膨大な国家収入をもたらす仕組みを導入している国家があるわけです。
例えばパナマでありリベリアでありマーシャル諸島であり等々と。
これらが便宜置籍船、FOCが多く登記されている国々です。

一見税金逃れに見えるかもしれませんが、
日本国籍船とすれば登記費用が嵩む、すなわち維持費用が掛かるので、
結局傭船料を上げることで賄うという方向になります、
こうなるとさっきの話の繰り返しです、
回りまわって皆さんの財布からそれを頂戴することになります。

以前パナマ文書と呼ばれる文書が流出しました。
隠れ資産をパナマに保有している、
どこぞの国の政治家や資産家の名が載ったリストです。
このことでタックス・ヘイブンと呼ばれる仕組みが問題になりました。
ただタックス・ヘイブンという仕組みそのものが悪とは限りません。
問題なのはタックス・ヘイブンという仕組みを悪用して、
資金の流れを不透明にしたり資産を巧妙に隠すことが問題なのです。
これは便宜置籍船、FOCの趣旨とは大きく大きく違います。

日本船主の場合、
FOC子会社は船舶建造資金を日本国内の銀行から借り入れます。
もちろん親会社の信用が条件ですが。
従ってこの返済をするためにFOC子会社へ傭船料が振り込まれる口座は、
ほとんどの場合、この建造資金を借り入れた銀行にあります。
日本国内にあるので国税はこの口座、そして金の流れを把握しています、
ただ手を突っ込めない(課税出来ない)だけで。
なぜかというと法的にはFOC子会社は、
国税にとって他国の会社なのでその口座は他国法人の資産だからです。
ただ日本船主にFOC子会社から送金された瞬間、課税対象です。
たとえば日本船主もそこの社員さんの給与を支払うためだとか、
その他会社運転資金等のためにFOC子会社からお金を吸い上げます。
だって船主といえども船舶を所有していないことになっているので、
売上はないわけです、だからFOC子会社から吸い上げるしかない。
これは日本船主にとって子会社利益による売上となります。
これによって国税は船舶登記を他国でしていることも含めて、
FOCに関わる金の流れを監視することができるのです。
監視できるということ、
これがタックス・ヘイブンを悪用してるケースとは最たる違いです。
FOCはタックス・ヘイブンを悪用しているわけではありません。
船主が子会社をタックス・ヘイブンの国々に置き、
そこに船舶を登記することで、
船舶登記に関する費用をセーブしたり、
傭船料を上げずに済む努力をすることまでが、
タックス・ヘイブンの仕組みを悪用したケースと同列に見做されることが、
とにかくよーぶん氏には極めて無念なのです。
SNS上では今回のN社とO社の関係を悪く言う書き込みも見られました。
FOCは船主だけに旨味のある仕組みではありません、
皆さんのための仕組みでもあるのです。
また国内の多くの製造業会社の製品に国際的な競争力、
特に価格的な競争力を持つために物流コストを抑える仕組みでもあるのです。
そこはそこだけは皆さんに、
この輸出入に依存する日本という島国に住む方々には、
なんとか理解してもらいたいのです。

思いの外、長い話になってきました。
今回はこの座礁事故を語るとするならば、
大前提として知っておいてもらいたい、
傭船ビジネス並びに船主ビジネスについてお話ししたところで、
ひとまず終わりにします。
次回は今回の座礁事故そのものに関して、
一般的なお話をしたいと思います。