モーリシャス沖座礁事故に思うこと その3

こんにちは、よーぶんです。

前回に引き続き今回の座礁事故について、
一般的なお話をしていきたいと思います。

今回は事故処理についてお話ししたいと思います。
まずこの事故処理についてお話しする前に、
皆さんに理解してもらわなければならないことがあります。
それはこういった海難事故の事故処理は大変特殊だということです。
陸上での自動車事故等と比べると考え方が極めて特殊です。
何故かというとそれは海上輸送というものの特殊性を考慮するからです。
では海上輸送の特殊性とは何か?
まず”海上”であるということです。
人類は船の上でなければこの海上に存在しえないのです。
そして抗えない大自然の脅威に晒されるということです。
海上では逃げ隠れする場所なんてありません。
まさに槍が降ろうがそれから逃れることは出来ないのです。
そのような危険極まりない場所で輸送行為を行うのだという、
その特殊性を考慮するのです。

これはそれこそ大航海時代から海を目指した人類が経験してきた、
数々の悲しい海難事故を教訓とした長い長い歴史の積み重ねの上に、
海上輸送の特殊性を加味した事故処理方法が築かれてきました。
仮にどれほど重大な環境破壊があったとしても、
海難事故処理にはあくまでもこれまでに築かれてきた原則が貫かれます。
そして今回のケースもその原則から決して外れることはないということです。
これを皆さんには理解してもらわなければなりません、
どうぞこの点をよろしくお願い致します。

さて本題に入っていこうと思います。
またここで少しお話しておかなければならないことがあります。
これからお話しすることは一般論であることは間違いありません。
ただよーぶん氏が経験した部分もあるということです。
ここに恥を忍んで告白しますが、かつてよーぶん氏が担当する本船が、
今回のように座礁事故を引き起こしたことがあります。
その際よーぶん氏は会社全権を担って現地に飛びました。
この際の経験がこれからお話しする一般論に加味される部分が、
相当にあることも御理解願います。

本船Wから座礁した旨、報告を受けたO社(実態はN社ですが)は、
関係各所にその連絡をする一方で、サルベージ会社を起用します。
このサルベージ会社というのはこういった海難船舶の救助を専門とした、
いわゆるエキスパート集団です。
そしてこのサルベージ会社と船主の間に取り交わされる救助契約は、
全世界で共通のフォーマットが使われます。
これがLloyd’s open form(LOF)と呼ばれる救助契約書式です。
このフォーマットにおける大原則は”No cure, No pay”と呼ばれるもの。
即ち”救助不成功なら報酬は発生しない”というものです。
従ってサルベージ会社はいったん契約したならば、
報酬を受け取るためにそれこそ必死になって、
また如何なる手段を用いてでも本船を救助しようとします。
そしてこの契約が有効な期間、サルベージ会社がコマンダーです。
すなわち船主といえどもあれやこれや口出しは出来ません。
サルベージ作業の責任はサルベージ会社にあるということです。
まずこの大原則を覚えておいてください。

そして今回のように浅瀬への座礁という場合において、
よーぶん氏や船会社、サルベージ会社もまず考えるのが、
どうにか本船が持っている浮力を使って離礁させる方法です。
これが最も船体への損傷を最小限にすることが出来るうえ、
そして環境への影響も最小限にすることが出来る方法だからです。
どのような状態で浅瀬の乗り上げていたか定かではないので、
ここからはよーぶん氏の憶測になりますが、
まず皆さんに理解してほしいのはこの自力離礁を図るには、
かなりの手間と時間がかかります。
本船のStability特性や船体/環境への影響、そして当該海域の干満事情、
そういったものを勘案/計算しながら本船が自力で浮力が得られる状態へ、
本船を少しずつ少しずつ計算された状態へ移動させるわけです。
今回の本船Wはケープサイズバルカーです。
ざくっと20万トンはある船体です。
こんなものは簡単には動きません。
一方力ずくで動かそうものなら船体/環境への影響は甚大です。
本船が浮力を得たときに船体のどこかに損傷があればたちまち沈没します。
従ってこの作業は極めて繊細で慎重になるのです。
手間や時間がかかるのです、すなわち日数がかかるのです。
油圧ジャッキ等の特殊器具を使いながら数ミリ/dayのような単位で、
本当に亀のようなペースで作業を進めます。
今回多くのSNSでの批判を目にしましたが、
その中で最もよーぶん氏が不快だった、いや腹が立ったのは、
“座礁から油流出までの時間あったのに、何やってたんだ!”という類のものです。
よーぶん氏は経験者ですので断言できます、
今回のすべての関係者は最大の努力をしていたと。
ただ皆さんの目に見える形で結果になるにはまだ時間が足りないのです。
関係者はとにかく最悪の事態を避けるために尽くせる手を尽くします。
サルベージ会社のコマンド上に必要な支援を行います。
現地のサルベージ会社のスタッフも彼らの英知を傾けます。
彼らは大変タフで決して諦めない連中です、
そして何よりサルベージという仕事にプライドを持った誇り高き連中です。
誰かがわかる範囲で声を上げなければならない、
これが今回の一連の記事を書いた原動力です。
この業界はLOFという極めて特殊な契約書式を長い歴史の中で作り、
最悪の事態を防ぐために責任の所在を明らかにした枠組みを持っています。
海上輸送のリスクを知っているがゆえに、
そのリスクに直面した際にはそれ相当のノウハウが業界にはあると、
皆さんに信じていただきたいのです。

しかし残念ながら今回のケースでは船体の損傷個所から、
大量の燃料油が流失してしまいました、これは悲しむべき事態です。
そして船体は破断してしまいました。
ふたつに破断した本船Wは国際ルール上、もう船舶ではありません。
船舶であるべき定義が国際的にあり、それを満たしていないのです。
従っていまの本船Wはただの鉄の塊です。
この段階でサルベージは失敗ということになります。
しかしながらこれは憶測ですがLOFは今も有効なはずです。
現在のLOFにはSCOPIC条項という環境損害防止の特約が付帯されており、
仮にサルベージに失敗しても環境保護に関する活動については、
特別報酬が支払われることが明記されています。
現在の分断された船体に対する処理作業が進められていますが、
これはこのSCOPIC条項の下で進められているものと推測します。
このSCOPIC条項というのは元来のLOFに追加付帯されたものです。
つまりLOFも長い歴史の中で現状に合うように姿を変えているわけです。
これがこの業界のリスクに対するノウハウであるわけです。

しかしなぜ船体が破断したのか?という疑問はあるかと思います。
これについても憶測でしかありませんが、
可能性についてよーぶん氏の見解をお話しします。
今回本船Wは空船でした、貨物を積んでいませんでした。
ある意味では幸運だったと言えると思います。
なぜならもし貨物を積んでいたら、
その貨物の処理までが事故処理に加わるからです。
この処理はより一層複雑な仕組みになるので今回は割愛します。
しかし貨物を積んでいなかったというのは、
この船体破断という事態を鑑みたときに不運だったなと。
信じられないことかもしれませんが船体というのは曲がります。
海上を航走中に船体の波に乗った部分とそうでない部分の、
浮力と船体重力の関係で常に曲げモーメントが働くのです。
これをホグサグとよーぶん氏らは呼称しています。
貨物を積んでいない場合、今回の本船Wにおいては、
船体の船首側はどうしても浮力が小さくなります。
しかし船尾側はエンジンや運航に必要な多くの機器が搭載され、
常にある程度の重量を有しています。
貨物船において空船状態というのはバランスが悪いのです。
もちろんそれでも安全に航行できるように設計されています。
しかし今回のような浅瀬に突っ込んだ際のバランスまでは、
設計条件に入っているわけではありません。
本船Wはケープサイズバルカーなので全長200mを越えます。
この長い船体が浅瀬の乗り上げているわけです。
しかも船尾側は座礁当初の写真を見る限り、かなり傾斜している状態でした。
憶測ですが座礁状態は軽い船首側が長く浅瀬に乗り上げ、
重い船尾側が乗り上げきれずに傾斜して止まったと考えます。
乗り上げなかった船尾部は引き続き波によるホグサグが発生します。
しかし乗り上がった船首部はそれが発生しません。
それゆえに機関室と貨物艙の境界にあるバルクヘッドを支点に、
繰り返し応力が発生して最終的に破断したと推測します。
もし貨物を積んでいたら本船Wの喫水は深かったはずなので、
あれほど長く浅瀬に乗り上げることはなかったのではないか、
また乗り上げたら乗り上げたで船尾側があれほど傾斜せずに済んだのではと、
よーぶん氏は推測します。

最後に今回の事故による損害補償という点です。
すでに報道で上限が幾らというような報道も出ています。
これについては一般的な考え方を触れておきます。
確かに今回の事故における船主責任は重大です。
しかし海上輸送というリスクある活動を行ってきた企業に対して、
一度の海難事故による全責任を負わせるのは適当ではないというのが原則です。
これに基づき船主責任制限条約というものが存在します。
そして燃料油油濁汚染に関わる責任範囲を定めた、
いわゆるバンカー条約(正確な条約名を失念しました)というものも存在します。
従ってこれらの条約に定められた範囲の有限責任となるというのが、
一般的な見解になると思われます。

なぜこんな重大事故なのに有限責任なのかとなる方がいるでしょう。
よく考えて下さい。
今回は乗組員の過失かもしれませんが、
荒天遭遇等の不可抗力で事故が発生するかもしれません。
それでも膨大な損害補償の無限責任が当たり前ということになれば、
ひょっとすると誰もそんなリスクのある海上輸送をやらなくなるかもしれない。
これは島国日本においては特に死活問題です。
日本以外でもこれは結構深刻な問題になり兼ねないので、
こういった案件では、よーぶん氏が何度も繰り返してきた言葉ですが、
“海上輸送の特殊性を鑑みて”の判断が下されるわけなのです。

今回のようなケースは船籍やどこの領海なのかとか、
そういった事情が複雑に絡み合うので理解が容易ではありません。
しかし関係者らは粛々と複雑な仕組みをときほどきながら、
一歩ずつ解決に向けて歩みを進めていることは確かです。
それゆえに傍から見ればイラっとすることもあろうかと思います。
しかしながらどうか外野が必要以上に感情的にならずに、
業界関係者が粛々と着実に解決に向かっていると信じていただき、
静かに推移を見守っていただけることをよーぶん氏は切に願います。